災害ボランティアへ

heiwa (2011年5月 5日 00:00) | コメント(0)

大震災が発生してからもうすぐ2カ月。

被災地のために義援金を募ったり、髪も短くし節電・節水などを心がけ、

いま被災者のためにできることを考え、そして日々祈ってきました。

 

そしてゴールデンウィーク、奥さんや子どもたちには申し訳なかったですが

バイクで被災地へ行き、災害ボランティアに参加してきました。

 

GW中に新規の県外ボランティアを受け入れてくれる所は

宮城県岩沼市災害ボランティアセンターしかなかったので、

5月3日・4日と岩沼市災害ボランティアセンターへ行き、

農家の方の庭先や2,200㎡以上ある大きな鉄骨製トマト用ビニールハウスの

泥のかきだしを行い、全国から集まったボランティアの方と汗を流し、

共に力を合わせました。

作業後は農家の方にも笑顔が見られ、少しだけ復興のお手伝いができた

ように感じることができました。

 

ちなみに宿泊は岩沼市災害ボランティアセンターから歩いて2・3分の所にある

公園のテント村にテントを張り2泊しました。

 SBSH0629.JPG

自分でもおにぎりやカロリーメイト、缶詰、飲み水などを持参して行きましたが

仙台平野の地域では津波の被害を受けていない地域もあり、お店なども

営業していてガソリンや品物も普及し、日常生活を取り戻しつつあるように

見えました。

テント村近隣の住民からボランティアに対しても、時々炊き出しがあり

恵まれた環境のボランティアだなと感じました。

 

しかし、一方で津波で家を失った方などは未だに近くの体育館などの避難所で

不自由な生活を強いられていました。

岩沼市の北に隣接している名取市の仙台空港にも立ち寄りましたが、車が山積みにされ

手つかずの家屋なども多く見られ、信号機も故障しているようで警視庁や

大阪府警など他県からの警察官が交差点で誘導を行っていました。

 

5日は、仙台市内や松島、また三陸海岸の様子が気になっていたので

岩沼のテント村を朝バイクで出発し、北上することにしました。

SBSH0639.JPG

仙台市内の楽天のクリネックス・スタジアム

楽天ファンが集まり、フリーマーケットが開催されていて賑わっていました。

 

SBSH0641.JPG

日本三景の松島

思っていたほど被害もなかったのか、観光客もたくさん来ていました。

お土産屋さんのシャッターが津波で破損などしている所もありましたが

こちらもたくさんの人で賑わっていました。

復興への兆しが見え始め、前に進み始めていることが感じられうれしく思いました。

 

そして三陸自動車道に乗り北上し、南三陸町へ

高速を降り、山道を下り海岸方面へ走ること数分、

道が開けてきたかと思うと突然、道の両脇が瓦礫の山の風景に一変し、

息を飲みました・・。

言葉にできない今まで見たこともない恐ろしい惨状・・

あまりにも恐ろしくて、そこに留まっていることすらできず、

ただただ町をバイクで通過するしかありませんでした・・

 

その後、気仙沼市、岩手県・陸前高田市、大船渡市まで進みましたが、

悲惨な町並みが続きました。

更に北上したかったのですが、時間もなく大船渡から東北道へ向かい帰路へ。

 

今回私が見てきた中で、南三陸町、陸前高田市は町すべてが津波に

襲われ壊滅的でした。

希望をもってがんばって!とは言えない絶望的な状況です。

 

ボランティア直後は少し前進できたような気がしていましたが

自分のちっぽけなボランティアだけではどうにもならない

手つかずの町がまだまだ三陸海岸に続いているのかと思うと想像を絶します。

 

ただ、避難所入口に「津波には負けない!」と掲示があったり

道路が寸断され迂回路などで道に迷い地図を見ている私に

地元の人が親切に声をかけて道を案内してくれたりして、

地元住民の負けない気持ちと温かい気持ちが、そこにはあることも感じました。

 

この状況は国をあげて、みんなで何とかして力を合わせていかなければ

復興は難しいと思わざるを得ない状況です。

 

今、真の日本の力が問われている時です。

政治家のみなさんには党派を超えて、復興を真剣に考えて行動してほしいと切に願います。

 

またいつか、三陸海岸に向かいたいです。

by 副園長

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